自己有用感を高める実践「平和フォーラムの奇跡」
この実践は、小学6年生100名が、広島への修学旅行で学んだ戦争の悲惨さと平和の尊さを地域の人々に伝えるため、「PEACE FORUM」を開催するまでの成長の軌跡です。
私が6年生を担任したときのこと。
この学年は3年生のころ、学級崩壊を起こしていました。
教師に対しての暴言や授業妨害。3学期には、複数の教師が教室に入らないと授業が成立しないくらい。いじめや窃盗事件も起こり、問題は学年全体に広がっていました。教師がいくら働きかけても「そんなん無理や」「やるだけ無駄やし」「あいつら言うても聞けへん」など否定的な言葉ばかり。むなしい空気に覆われていました。学校で実施している自尊感情のアンケートでは、「自分には良いところがある」の項目がどの学年よりも低い値を示していたのです。
そんな6年生を担任することになった教師3人は、力を合わせてがんばろうと決意し、「自己有用感に裏づけされた自尊感情を高めて、子どもたちを卒業させよう」と目標を定めました。
自尊感情を高めるためには、いったいどうすればいいのか?
3人が出した結論は、次のとおりです。
・やればできるという自信を持たせる
・子どもを信じ抜く
・話し合いを大事にする
・子どもが真剣に考えたことはやらせてみる
・最後までやりとげさせる
・成功を確認して褒める
・みんなで認め合う
そして、学年通信や学級通信をこまめに発行し、子どもの成長をていねいに保護者へ伝えていくことを決めたのです。
総合的な学習としての集大成は、「広島への修学旅行」にしました。
まず最初に、子どもたちへ伝えました。
「テーマは『広島の魅力を味わおう』です。これは先生が決めましたが、あとの計画は、すべて君たちが考えてください」
子どもたちは首をかしげて「ほんまかいな」という表情。でも教師が本気だとわかると、どんどん意見を出し始めました。子どもたち自身で広島の魅力を調査し、ランキングづけによって場所を絞り込み、修学旅行のほぼすべての行程を決めました。
基本は班行動です。1日目は広島。平和記念公園を走りながら、目的の建物を見て回りました。「先生、調べたとおりやった!」と口々に報告しながら集合。次は全員が集まり、被爆の体験を聞く会です。ホールに静かな空気が流れました。
語り部さんは、原爆が投下された当時、中学2年生。校庭で先生の話を聞いていたときに被爆されたそうです。目の前で友達が亡くなり、自分も全身に大やけど。実のお兄さんも原爆で亡くされています。語り部さんは子どもたちに、大やけどを負った腕のケロイドを見せながら、
「この腕を見てね。絶対に戦争はしないでね」
と訴えられていました。
2日目は宮島・厳島神社へ。お好み焼きを食べたり、もみじまんじゅうを焼く体験をしたりする班も。静と動が調和する、素晴らしい修学旅行になりました。
大事なのは、帰ってきたあとのまとめ。広島で学んだことを発信するための学習です。
そこで、「何が一番心に残ったか?」「何を伝えたいか?」というアンケートをとりました。すると、ほとんどの子が「一番伝えたいのは被爆の体験」と答えたのです。
「自分のやけどを見せながら、『絶対に戦争はダメ』って言うてた。お父さんやお母さんにも伝えてね、と」
子どもたちは長い話し合いの結果、戦争の残酷さや平和の尊さを伝えるイベント「PEACE FORUM」を開催することに決めました。
内容は、広島で被爆体験を語って下さった語り部さんの劇や紙芝居、平和の大切さを伝えるポスターや歌、平和宣言など。全員がどこかのグループに入り、発表に向けた活動を始めました。
実行するのは、ずっとダメな学年だと噂されてきた子どもたち。自分には良いところがないと思っている、自尊感情が低い子どもたちです。
「人から認められる取り組みをさせたい」
私は祈るような思いで、子どもたちをサポートしました。
子どもたちは、イベントへの参加を募るチラシを2000枚作成し、校区内のお宅を訪問し始めました。また、地域で放送されている番組にも出演して参加を呼びかけました。
ある日の放課後、駅前で地域の人たちにチラシを配っている子どもの姿を見つけたのです。もちろん、教師は指示していません。
「お願いします。来てください」
と叫ぶ姿を見て、私は感動でその場から動けなくなりました。
そして「PEACE FORUM」当日。
「今日は来てくれてありがとうございます!」
受付係や会場への誘導係など、子どもたちの元気な声が響きました。
会場には地域の方々約100名が来場。平和を訴える子どもたちの姿は、生き生きと輝いていました。
来場者のアンケートには、みなさんの取り組みを見て、平和を築くためには一人一人が語り継いでいかなければならない、と強く感じました。ありがとう」という感謝の言葉や、「平和の大切さを改めて考えさせられました」といった感想がつづられていました。子どもたちの想いは確実に、地域の人たちへ届いたのです。
その後、地域の方からの働きかけにより、第2回PEACE FORUMへと発展。地元の商業施設ホールで開催するとともに、会場前のギャラリーで展示会も実施しました。展示物は、これまでに作成した子どもたちの作品に加えて、核兵器保有数の実態を調べた研究物や、広島平和記念資料館からお借りした原爆の惨状を伝えるポスターなど、とても充実した内容でした。当日の模様は3つの新聞に掲載され、大成功で幕を閉じたのです。
この展示会は、のべ一万人以上の地域住民に見てもらうことができました。平和の種は、子どもたちによって地域へと蒔かれたのです。
「荒井先生! 僕らでも、やればできるんやなあ」
子どもたちの笑顔は、はちきれていました。
振り返ってみると、この取り組みには自己有用感の3つの要素である「存在感」「貢献」「承認」すべてが含まれていました。
子どもたち一人一人が、演劇や歌、紙芝居などの発表グループに所属し、集団の中で「自分は価値のある存在である」「他者の役に立っている」「行動が認められている」と実感していたことでしょう。
その上で、地域の人々からも賞賛され、2回も「PEACE FORUM」を成功させたのです。間違いなく、自己有用感に裏づけられた自尊感情が育まれた、と考えています。
その後、学校アンケートを実施しました。「自分にはよいところがあると思いますか?」の質問に対して、「たくさんある」「ある」と回答した子どもの割合は、51%から68%へと増加したのです。
この学年ではさまざまな問題行動が起こりました。しかし、自己有用感を育む教育活動を重ねていく中で、子どもたちに社会性が育まれ、他者を攻撃しようとする行為が減っていったように感じています。実際、
「PEACE FORUM」の取り組みが活発化していた頃から、いじめや問題行動は起こらなくなったのです。
教師が子どもを信じぬき、任せて、励ましていく。それを繰り返すことで、教師と子どもは信頼の絆で結ばれます。そうすれば、子どもは教師の思いに応えようとします。こちらがびっくりするほどの力を発揮するのです。
そのことを教えてくれた100名の子どもたちへ、心から「ありがとう」と伝えたいです。
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