1945年7月19日の三田空襲から、手記、PEACE RALLY、証言動画、戦後80年の行事、新しい調査、漫画まで。三田空襲をめぐる歩みを、年の順にまとめました。気になる年から、それぞれの記事へ進んでください。
はじめて読む方へ
- 三田空襲とは?:まず全体を知る
- あの日の時間の流れ:朝からその後まで、証言でたどる
- 証言によって違うところ:確定したことと、まだわからないこと
1945年(昭和20年)
- 7月19日 午前9時45分ごろ:米軍のP-51が三輪町などを機銃掃射。児童4人と女性1人が亡くなり、高次の農家4戸が全焼しました(三田空襲とは?/あの日の時間の流れ)
- 同じ日:高平の上空で空中戦があり、日本の戦闘機が墜落しました(岸田達男さんの証言 2021年)
- 8月15日:終戦。空襲から4週間たっていませんでした(終戦の日の話は志儀喜代美さんの証言に)
1973年(昭和48年)
- 空襲の日に三輪町役場にいた中嶋義秋さんが、手記「空襲罹災記」を残しました(中嶋義秋さんの手記を読む)
- 三輪小学校創立百周年記念誌にも、空襲のことが記されました(三田空襲とは?)
1998年・2012年
- 三輪区史(1998年)、三田市史(2012年)に、空襲の記録が載りました(記録の一覧)
2018年(平成30年)――SUNPEACE と PEACE RALLY
- 春:大向勲さんと荒井隆一が SUNPEACE を結成(SUNPEACE)
- 8月19日:中嶋宏次さんと、あの日の道を歩いて撮影(中嶋宏次さんの証言)
- 9月23日〜12月16日:PEACE RALLY エピソード1〜4を開催。歌「PEACE」も生まれました(歌「PEACE」)
- 12月30日:PEACE RALLY FINAL(郷の音ホール、352名)。元宝塚北高校演劇部の学生たちが、劇「三田空襲を忘れない」を上演しました(劇の紹介/2つの演劇部/ちめいどの平和音楽Live)
2019年(令和元年)――「10年続ける」
- 7月19日:空襲から74年の日、SUNPEACEの仲間が2018年の活動をふり返りました。話し合いの途中で「10年続けませんか」という声が上がり、この会を毎年続け、若い世代につなごうという決意が生まれました(下の動画 43:38ごろ〜/SUNPEACE)
2020年〜2024年――証言動画
- 2020年7月19日:西浦道雄さん。SUNPEACE初のYouTubeライブ(西浦道雄さんの証言)
- 2021年7月:岸田達男さん(岸田達男さんの証言 2021年)
- 2022年7月:志儀喜代美さん(志儀喜代美さんの証言)
- 2023年7月17日:志儀喜代美さん、中後茂さん、内田昇さん、脇田孜さん(「あの日、あの場所で」)
- 2024年7月13日:岸田達男さんと、学校から撃たれた場所まで歩いて撮影(岸田達男さんの証言)
2025年(令和7年)――戦後80年
- 5月:中嶋宏次さんが亡くなりました(ツアーの記録)
- 6月28日:第1回 三田空襲を聞く会。志儀喜代美さん(聞く会の記録)
- 7月19日:空襲からちょうど80年の日。高校生・大学生らと「三田空襲追体験ツアー」(ツアーの記録)。第2回 聞く会は岸田達男さん(聞く会の記録)
- 8月:NHK「リブラブひょうご」「ほっと関西」で活動が紹介されました(NHKで放映)
- 8月15日:第3回 聞く会をYouTube配信で開きました(聞く会の記録)
- 12月27日:ピースラリー2025。三田祥雲館高校演劇部の劇、関西学院大学有志と北摂三田高校放送部の報告、仲畑直さんのお話(ピースラリー2025の記録/仲畑直さんの証言)
2026年(令和8年)――新しい調査と、漫画
- 4月:神戸新聞明石総局の杉山雅崇さんが、米軍の記録などをもとに、三田を襲ったのはP-51だと分析しました(杉山雅崇さんの分析)
- 7月:「三田空襲の真実」を開催。杉山さんの講演と、体験者のお話。展示も行いました(SUNPEACE)
- 10月:漫画「三田空襲を忘れない」を公開しました(漫画を読む/一冊のPDF)。授業用のワークシートとスライド・ポスターも用意しました
「10年続ける」と決めた2019年から、まだ道の途中です。あの日を知る方のことばを、次の世代へ手渡していきます。
動画を見る
年表の始まりにあたる、中嶋宏次さんと歩いた2018年の動画です。
戦後80年のピースラリー2025です。
